自分から出てるカケラを逃さない。
今まで自分のことをもっと知りたいもっと知りたいという思いから、いろいろなことをやってきた。
ホロスコープ、タロット、バリューファクター、、、その他ビジネスマン時代にもいろんな能力開発系のテストも山ほど受けた。
本当にいろんな角度から「自分」というものを知ったからといって、
「よし!!これでわたしはもう安心だ!!!」
という安心材料はどこにも見つからなかったけど、得られたのは、
「自分はやっぱりそういう成分でできてるんだな」っていう、「明らめ」だった。
自分について真新しい情報は何もなくて、自分の中になんとなくある「こうかな?」っていうことが「やっぱりそうだった」という感覚。
わたしはすぐ「あなたの知らないあなたの才能を見つけてくれるもの」を期待しがちだったけど、これだけ受けても、「わたしの知らないわたしの才能」はどこにも見当たらなかった。
散々受けて途中から気づいたことがあった。
「わたしの知らないわたしの才能」なんて、本当はないんだ。
よく考えると、そんなのがあったら「自分」、成り立たなくない?
今この瞬間だって生きてるのに、その生きてるわたしが気配を感じることのない自分の才能があるなんてね。
だから、本当はないんだ。
あるはずのない桃源郷をいつまでも追って探してるのと同じで、「わたしの知らないわたしの才能」も、あるはずがない。
「わたしの知らない私の才能」は、「今」の現実から逃れたいために自分で架空に創り出したものだった。
もう、全部今既に自分の中に必要なものは揃ってる。
だから、それに気づくだけ。
創造する必要はなくて、「気づく」だけ。
この前家の近所を散歩していた時にね、ふといつも通らない道を通ってみたの。
そしたら、見たことないケーキ屋さんがあって。
すごいおしゃれな外観で、かわいいケーキがたくさん並んでた。
あ、最近できたのかーって思ってググってみると、もう何年も前からそこにあったみたい。
その時に「創造ってこれだ」と思った。
わたしの人生の中では、今ここにケーキ屋さんがあることを認識したから「ケーキ屋さんが創造された」。
それまでは認識してなかった=知らなかったから、「わたしの人生ではそこにケーキ屋さんはなかった」という事実。
ないないないないーー!ってすぐ周りに探しに行きがちだけど、
もう、ここにある。
もう、ここにある。
だから、探しに行かなくていい。存在を認めるだけでいい。
「何となくの感覚」が、まさに「気づいて!」の自分からのヒント。
自分から出てるカケラを逃さない。